大阪地方裁判所堺支部 昭和39年(ワ)217号 判決 1966年10月20日
原告 浜辺節
右訴訟代理人弁護士 長尾悟
被告 浪速商事株式会社
右代表者代表取締役 上杉徳繁
右訴訟代理人弁護士 竹中龍雄
主文
被告は、原告に対し金二二万二、六六八円およびこれに対する昭和三八年八月一四日から完済に至るまで、年六分の金員を支払え。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決は、第一項にかぎり、かりに執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一、原告 主文第一、三項同旨
二、被告 請求棄却 訴訟費用原告負担
第二請求原因
原告は、被告振出の左記為替手形一通の所持人である。
金額 二二万二、六六八円
満期 昭和三八年八月一三日
支払地 大阪市
支払場所 株式会社大阪銀行天下茶屋支店
振出地 白地
振出日 昭和三八年六月一三日
振出人 大阪市西成区津守町東八丁目一六番地浪速商事株式会社(拒絶証書作成義務免除)
支払人 高山工務店高山忠雄
引受人 浪速商事株式会社(引受日昭和三八年六月一五日)
受取人 高山忠男
第一裏書人 高山工務店高山忠雄
第二裏書人 泉谷幸子
原告は、右手形を満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶された。よって、振出人たる被告に対し、償還請求として、手形金二二万二、六六八円およびこれに対する昭和三八年八月一四日(満期の翌日)から完済に至るまで、手形法所定の年六分の利息の支払を求める。
なお、本件手形は、支払人と受取人が同一人であるが(手形の記載上は、支払人高山工務店高山忠雄、受取人高山忠男とあるが、右は同一人である。)かかる資格の兼併も許されるべきであるから、本件手形は有効である。
また、本件手形の受取人は、「高山忠男」と記載され、第一裏書人は、「高山工務店高山忠雄」と記載されているが、その表示上同一人と認められるから、裏書の連続に欠けるところはない。
かりに、右裏書が連続を欠くとしても、第一裏書人たる高山工務店こと高山忠雄が被告に対する工事代金債権の支払のため、被告から本件手形の譲渡を受けたものであって、実質的にも、右高山が手形上の権利を取得し、これを順次裏書したものであるから、原告は手形上の権利者である。
第三請求原因に対する答弁
請求原因事実中、被告が原告主張のような記載のある為替手形一通を振り出したことおよび右手形が満期に支払場所に呈示されたが、その支払が拒絶されたことは認めるが、その余の事実は争う。
本件手形は、裏書の連続を欠くから、原告は手形上の権利者ではない。すなわち、本件手形の受取人の表示が「高山忠男」であるのに対し、第一裏書人の表示が「高山工務店高山忠雄」であって、その間に同一性が認められないからである。
また、被告は、本件手形につき、拒絶証書作成の義務を免除していない。しかるに、原告は、これが作成をしていないから、償還請求権はない。すなわち、本件手形表面には、不動文字で印刷された拒絶証書作成義務免除文言があるが、その文言の下に、振出人たる被告の署名も、なつ印もないのである。もっとも、振出人欄に、被告の記名なつ印があるから、あるいはこれをもって、拒絶証書作成義務をも免除したというかも知れないが、為替手形においては、振出人が免除したときは、その効力が他のすべての遡及義務者に及ぶのであるから、裏書人が免除する場合などと自ら異なるものであって、本件手形表面の印刷された免除文言は、例文と解すべきである。
第四抗弁
かりに被告が償還義務を負うとしても、つぎの理由により、本件手形金支払の義務はない。すなわち、被告は、昭和三八年七月中旬頃前記高山に建築工事を請け負わせ、同年八月一〇日頃竣工の約定のところ、同人から工事見積代金を金二二万二、六六八円と算定して、これを額面とする手形の発行を依頼された。そこで、被告は、その前渡金とする趣旨で、本件手形を発行したが、高山が工事を履行しないので、高山に対し本件手形金支払の義務がないところ、その後の手形取得者である泉谷幸子および原告は、いずれも、以上の事情を知りながら、したがって、被告を害することを知りながら、本件手形の譲渡を受けた悪意の取得者であるから、被告に本件手形金支払の義務はない。
第五抗弁に対する認否
抗弁事実中、原告が被告主張の事情について悪意で手形を取得したとの点は否認する。その余の事実は知らない。
第六証拠関係≪省略≫
理由
原告が被告振出の原告主張の如き記載のある為替手形一通の所持人であることについては、当事者間に争いがない。
まず、本件手形は、振出地の記載を欠くが、振出人の肩書地として、「大阪市西成区津守町東八丁目一六番地」との記載があるから、手形法第二条第四項により、本件手形の振出地は大阪市とみなすべきである。ゆえに、振出地の記載がなくても、有効である(当該手形要件の欠缺につき、手形法の救済規定が働く場合には、その手形を白地手形として取り扱うか、要件欠缺のまま救済規定によるものとするかは、いずれか一方であるむねの特段の事情のないかぎり、当事者の選択に従い、そのいずれとしても取り扱うことができるとするのが相当であり、そしてまた、補充権原についての主張のないときは、右救済規定によるものと認めるのが相当である。)。
つぎに、本件手形は、支払人として、「高山工務店高山忠雄」、受取人として「高山忠男」の記載があるが、右は、後段において判示する如く、同一人と認めるを相当とするところ、かくては、同一人が支払人と受取人の資格を兼併する結果となるが、このような手形も有効と解すべきである。けだし、このような資格の兼併を不都合として、否定すべき理由はなく、流通という手形の本来的な性格から見ると、支払人たる資格においては、将来引受によって主たる債務者となり、受取人たる資格においては、裏書譲渡によって償還義務者となり、その間に何ら矛盾、不都合の生ずることはないからである。
つぎに、本件手形においては、支払人たる前記高山が引受をすることなく、振出人たる被告が引受をなしているが、これまた、手形としての効力を左右するものではない。引受行為をなすべきは支払人に限ること明らかであって、他の手形関係者がこれをなしても、ひっきょう当該の引受行為が無意義無効となるにすぎないからである(手形行為独立の原則)。
つぎに、被告は、本件手形の受取人の表示が「高山忠男」とあるに対し、第一裏書人の表示が「高山工務店高山忠雄」とあって、その間に同一性がないから裏書の連続を欠くと争い、≪証拠省略≫によると、右のとおりの記載があるが、第一裏書欄の「高山工務店」という表示は、高山なる人物の肩書にすぎないから、肩書の有無によって同一性を否定するわけにはいかないし、また受取人の方の名が「忠男」で、裏書人の方のそれが「忠雄」と異なってはいるが、これとても、微少な相異にすぎず、受取人欄と第一裏書欄の各記載を対照比較すれば、右両者の表示は、同一人と認めるを相当とする。ゆえに、受取人から第一裏書人への表示には、連続に欠けるところはない。
被告は、さらに、拒絶証書作成義務を免除したことなしと争う。前掲≪証拠省略≫によると、本件手形振出日付欄の左側に、不動文字で、拒絶証書作成義務免除の文言が印刷されてあり、この欄には、被告の署名ないしなつ印のないこと明らかである。しかし、不動文字で印刷されているからといって、これを直ちに例文と解することはできないし、免除の文言は、要するに誰によってなされたかが明らかであれば足り、いちいち当該免除文言に署名やなつ印を要するものではないのである。このことはまた、約束手形であると為替手形であるとにより、あるいはまた、裏書人によってなされたものであると、為替手形の振出人によってなされたものであるとにより、別異に取り扱うべき理由はない。本件において、≪証拠省略≫によれば、免除文言の記載についで、振出日付、さらにこれに連ねて振出人たる被告の住所および記名なつ印があることが明らかであるから、その記載上、被告において免除したものと認めざるを得ないのである。もし、被告主張のように、真実免除しない意思を有していたならば、振出の際免除文言を抹消して、振り出すべきものである。
そこで進んで、被告の悪意の抗弁について判断するに、全立証をもってするも被告主張の如き事情につき、訴外泉谷幸子および原告が悪意の手形取得者なることを肯認できないから、その余の点について判断するまでもなく失当である。
原告が本件手形を満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶されたことについては当事者間に争いがない。
してみると、被告は、原告に対し振出人として、本件手形金二二万二、六六八円およびこれに対する昭和三八年八月一四日(満期の翌日)から完済に至るまで、手形法所定の年六分の利息を支払うべき償還義務がある。
よって、原告の請求は理由があるから認容し、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 菅本宣太郎)